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DR. アベの健康外来_9 「天衣無縫」の天衣とは、人間の皮膚のことである。

2012/02/12【日本商工倶楽部・連載記事】

(2011年8月1日 637号掲載)
 
私が外科チームの一員として、医局員と肩を並べていたころ、教授によく教わったのは、「外科医の究極の目標は天衣無縫だ。完璧な手術を心掛けなさい」と。ちなみに広辞苑を繙いてみると、天衣無縫は「天人の衣服には人工の縫い目などがない意」とあります。天衣は天女のまとう衣のことと思っていたが、ある時書道家の安藤妍雪師範がお見えになったとき、「私たちのからだは天からの授かったものだから、天衣とは人間の皮膚のことを指しているのですよね」と仰有られた。なるほど人間の皮膚は無縫です。
そこで私は皮膚の機能について考えるようになりました。皮膚は私たちの身体を包む最大の免疫臓器であり、常に外敵の侵入を水際で防いでくれています。そればかりではなく、水分の蒸発を調整して、体温を一定に保つ働きもあります。
その他、皮膚は精神衛生面でも大きな役割をもっています。安部公房「他人の顔」に次のような件があります。「人間の魂は、皮膚にある・・・・文字どおりそう確信しています。戦争中、軍医として従軍したときに得た、切実な体験なんですよ。・・・・傷ついた兵隊たちにとって、何がいちばん関心事だったと思います?命のことでもない、機能の恢復のことでもない、何よりも外見が元通りになるかどうかということだったのです。」と。特に顔面の傷の深さは、どうやら心の傷となって残るらしい。
モンゴメリーの名作である「赤毛のアン」の中で、ソバカスのあるアンはよくそのことでからかわれました。アンが大人になっても少女時代のトラウマを引きずっていたでしょう。これらの例からも皮膚と心は表裏一体となっていることがわかります。
ところで、外来でも病棟でも、患者さんを診察するには四つの基本があります。問診、視診、触診、聴打診です。IT化が進み電子カルテが導入されるや否や、これらの基本はすっかり忘れられています。問診するにも患者さんの顔も見ずに、キーボード入力に余念がありません。皮膚疾病の多くは視診だけで診断がつくものです。帯状疱疹、麻疹、水痘、皮膚真菌症、円形脱毛症、イボなどがその代表例です。視診は単に皮膚表面の病変を診るだけでなく、顔の表情から心の苦悩を読み取り、また、アイ・コンタクトにより医師と患者さんの信頼を築くことができる重要な診察法です。
触診は、いよいよ患者さんの皮膚すなわち天衣に触れて問題を解き明かすのです。皮膚に触れることで、体温の高低がわかるし、皮膚が乾燥していて脱水状態かどうかも知ることができます。皮下脂肪の状態から栄養障害やメタボリック・シンドロームであることを知ることも重要です。また皮膚の表情から老化の程度も想像がつくでしょう。皮膚に「できもの」があれば、その大きさ、硬さ、可動性、痛みや炎症性変化などを診ることで良性のものか、さらなる検査が必要になるかを判断します。皮膚の下にある内部臓器の変化も触診をすれば見逃すことはありません。
聴診・打診となると医師にもかなりの訓練が要求されます。聴診器は皮膚に丸い跡がつくくらい強く押し付け、心臓弁膜症の音や心不全の音を聴き分けます。血管の雑音も聴診器で聴き取ります。打診すれば心臓の大きさ、胸水の有無、肝臓のはれ具合もよくわかります。
さて、あなたの主治医はどれだけこの四診を駆使してあなたを診てくださっているでしょうか。
 
九段クリニック 阿部 博幸



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